大判例

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大阪高等裁判所 昭和28年(う)81号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を京都地方裁判所え差戻す。

理由

本件控訴の趣意は記録に綴つてある京都地方検察庁検事正代理次席検事岡正毅名義控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する弁護人菅原昌人、同佐伯千仭、同坪野米男、同能勢克男の答弁は記録中の右四名共同名義答弁書記載のとおりであるからいずれもこれを引用する。

論旨第一点について

本件起訴状によると被告人等に対する公訴事実は別紙記載のとおりであつて、被告人等の所為は行為時法により地方公務員法附則第七項同第二〇項、地方財政法第六条、同法施行令第一条、刑法第六〇条、昭和二三年政令第二〇一号、第二条、第三条(被告人中内広同鷹野種男については尚刑法第六五条をも適用)に該当するというのである。ところで所論は原判決が右政令第二〇一号が昭和二〇年勅令第五四二号にもとずいて発せられたものであつて、右勅令及びこれにもとずく諸政令は連合国による占領状態が継続する限り、その内容形式のいずれにわたつても日本国憲法に照らして合憲か違憲かの点につき審査判断の対象となり得ないものと判示しているのを捉え、いやしくも右政令が、国内法である以上裁判所は、占領下においても尚日本国憲法第八一条に従い合憲か否かを審査判断すべきであつて、右審査判断を許さないとしたのは誤つていると主張するのである。しかし、右勅令第五四二号は日本国憲法にかかわりなく、憲法施行後も憲法外において法的効力を有し、従つて同勅令にもとずいて発せられた右政令第二〇一号も同様、法的効力を有するものと認むべきであることは、最高裁判所屡次の判例が示すとおりであつて、(最高裁判所昭和二四年(れ)第六八五号及び同年(れ)第一七九八号事件につき昭和二八年四月八日及び同年六月三日それぞれ言渡された大法廷判決参照)論旨援用の昭和二三年六月二三日言渡最高裁判所大法廷判決は本件に適切でない。そうだとすれば、これらの諸命令が占領下において日本国憲法に適合するや否やを審査判断することは必ずしもその要なく、右審査を俟たずして超憲法的効力を認めた原判決の判断に誤はない。従つて論旨は理由がない。

同第二点について

論旨は原判決が、被告人等の本件所為につき前記政令第二〇一号第三条を適用し処罰することは、日本国有鉄道職員が、その争議行為につき処罰されないのと比較して法の下における平等を保障する日本国憲法第一四条に違反する結果となるから、少くとも平和条約発効後においては右政令は違憲無効であるとし、犯罪後の法令により刑罰の廃止があつた場合と同一に解して免訴の言渡をしたのは、右政令及び憲法第一四条の解釈を誤り適用すべき法令を適用しない誤があつて、この誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄せらるべきであると主張するのである。よつて按ずるに、昭和二三年七月二二日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官書簡にもとずき発せられた右政令第二〇一号は、その附則第二項の示すとおり本来右書簡にいう国家公務員法の改正等国会による立法が成立実施されるまでの臨時措置であるから、当然同法の改正その他要求実施に必要な諸法令の制定が予定せられているのであつて、これらの立法措置として政府が(イ)昭和二三年一二月三日国家公務員法を全面的に改正(第一次改正)した同年法律第二二二号を公布即日施行したのを最初とし、(ロ)鉄道、塩、しようのう、煙草の専売等政府の経営する企業に従事する公務員につき同年同月二〇日日本国有鉄道法、日本専売公社法、公共企業体労働関係法を公布昭和二四年六月一日から施行し、(ハ)更に地方公務員につき昭和二五年一二月一三日地方公務員法を公布昭和二六年二月一三日より一部施行した結果(イ)国家公務員は労働協約締結権及び争議権を否定され、争議禁止違反の行為に対し刑罰を科せられるが雇傭上の地位に関しては一定の保障を与えられ、政令第二〇一号は爾後適用されないこととなり、(ロ)鉄道及び専売の政府事業は日本国有鉄道及び日本専売公社なる公共企業体(公法人)に組織替えとなり、その職員は国家公務員から一特殊法人の職員に変更されると共に一定の範囲内で団体交渉権、及び労働協約締結権が与えられ争議権は、なお否定されたが争議禁止違反行為は処罰されず、公共企業体労働関係法上一定の苦情及び紛争を処理すべき機関が設けられ、(ハ)地方公務員は国家公務員と概ね同様に取扱われ、政令第二〇一号の適用を排除されたが、地方公務員法附則第七項及び同第二〇項により地方財政法第六条、同法施行令第一条所定の公営企業に従事する地方公務員の身分取扱については地方公務員法が適用せられないので依然として政令第二〇一号が適用され、団体交渉権、労働協約締結権及び争議権のすべてが否定せられたのである。しかしその後昭和二七年七月三一日地方公営企業法及び地方公営企業体労働関係法が公布され、同年一〇月一日から一部施行せられるに及んで地方公営企業に従事する地方公務員もその身分を保有しながら、公共企業体の職員と同等の団体交渉権、労働協約締結権が認められ争議行為の禁止は解かれないが、禁止違反行為には刑罰が科せられないこととなり同法施行前にした行為については格別爾後の行為については政令第二〇一号の適用なく、また国の経営する郵便関係国有林野関係、日本銀行券紙幣国債等の印刷造幣アルコール専売等の企業に従事する政府職員たる公務員についても時を同じくして公共企業体労働関係法の改正により国家公務員の身分を保持しながら、労働関係については公共企業体職員と同一の取扱を受けるに至つたことは原判決の説示するとおりである。ところで右政令が平和条約発効に伴い昭和二七年法律第八一号により同年四月二八日以降法律としての効力が与えられ、地方公営企業労働関係法附則第三項は同法施行前にした右政令第二〇一号第二条第一項の規定に違反する行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による旨規定しているので本件起訴に係る被告人等の行為については、尚右政令第二条第一項、第三条が適用されることになるのである。

弁護人等は(イ)昭和二三年七月二二日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官書簡は単なる示唆ないし勧告であつて要求事項を含まないし、仮りに要求事項を含むとしても地方公務員に関するものでない。(ロ)右政令第二〇一号の基礎である昭和二〇年勅令第五四二号は日本国憲法第九八条により効力を失つている。(ハ)右政令の内容は日本国憲法第二八条、第一三条、第二五条に違反すると主張するが、右(ロ)の主張の理由のないことは己に説示したところにより明らかであるのみならず、右書簡が政府に対する連合国最高司令官の要求であり、従つて本件政令第二〇一号が昭和二〇年勅令第五四二条の要件を充たしていること右書簡が国家公務員だけでなく地方公務員をも含めた要求であること及び右政令が平和条約発効後においても憲法第二八条、第一五条に違反しないことは前に示した最高裁判所昭和二四年(れ)第六五八号事件、及び同年(れ)第一七九八号事件の各判決の外、なお同年(れ)第一九一八号事件につき昭和三〇年一〇月二六日言渡された大法廷判決により明らかである。また右政令による公務員の団結権及び団体交渉その他の団体行動権に対する制限は畢竟公共の福祉のためになされたものと解すべきであるから、もとより憲法第一三条違反の問題は生じないのであつて弁護人等の右主張はいずれも理由がないのである。ところで弁護人等は更に、公共企業体の職員である日本国有鉄道職員と地方公営企業に従事する市電従業員は職務その他の関係において全然同一の事情にあるに拘らず、労働関係及び争議行為に対する刑罰制裁の点において法律上の差別を受けることは憲法第一四条の認めた法の下における平等の原則に違反する旨主張し、原判決もまた日本国有鉄道職員は特殊法人の職員であつても、なお国家の財産によつて雇傭せられ政令第二〇一号にいう公務員に外ならないこと、右職員の業務内容と地方公営企業に従事する職員いわゆる現業公務員のそれとは略同一であり、前者の政府に対する関係と後者の地方公共団体の機関に対する関係も同一であるのみならず、両者が争議権について有する利害関係に何等の差別も認められないこと等を理由とし両者間に差別的な取扱をすべき合理的な根拠がないものと認め、平和条約発効後においては地方公営企業に従事する職員に対し政令第二〇一号第二条第一項、第三条を適用して処罰することは憲法第一四条に違反するものとし、論旨指摘のような理由の下に免訴の言渡をしているのである。しかし憲法第一四条は単に法を不平等に適用することを禁ずるだけでなく、不平等な取扱を内容とする法の制定をも禁ずる趣旨と解すべきであるからその文字どおりの意味において法律上のあらゆる差別を禁止する趣旨ではなく、合理的な根拠による差別はもとより許されるのであつて唯不合理と考えられる理由による差別が禁止されるにすぎない。日本国有鉄道職員が法律上種々の点において公務員的取扱を受け、従つて公法的側面を有することはこれを否定し得ないとしても、公務員的色彩を帯びる一面を有するというにとどまり、実質上はあくまで特殊法人である公共企業体の職員にすぎないのであつて国家公務員法の適用なく専ら日本国有鉄道法公共企業体労働関係法等により規律せられるに反し、市電従業員は地方公営企業に従事する地方公務員であり、地方公務員法地方公営企業法地方公営企業労働関係法等の適用を受け、両者はその身分及び労働関係の分野において別個の法律関係に立つものであることは已に説示したとおりこれらの各関係法規がそれぞれ時期を異にし、各々別個に独立して規定せられその内容においても別異の規定が存する点から見て極めて明らかである。そうだとすれば両者の従事する職務の内容が非権力的のものであつていずれもいわゆる現業員として単純な労務に服するものとしても、なおその争議行為に対する処罰ないし制裁の面において法律上別異の取扱を受けるのは当然であつて何等異とすべきでない。日本国有鉄道職員の争議行為禁止に対する違反行為が処罰の対象とならないに拘らず、地方公営企業に従事する地方公務員のそれを処罰するのは憲法第一四条の保障する法の下における平等の原則に違反するとの見解は到底首肯し得ないのである。尚論者或いは公務員の争議行為が公共福祉のため制限せられることは許されるとしても、右制限違反の行為に対し刑罰を科することは許されないとするかも知れないが、公共福祉のため制限が許される以上、その制限違反の行為に対し刑罰を科することもまた公共福祉のため当然許さるべきである。そうだとすれば本件起訴に係る被告人等の所為につき政令第二〇一号第二条第一項、第三条を適用処断することは何等違憲でないから違憲無効と認めた原判決は憲法第一四条、政令第二〇一号第二条第一項、第三条の解釈を誤り適用すべき法令を適用しない違法を犯したものというべきであつて、この違法はもとより判決に影響を及ぼすこと極めて明白であるから到底破棄を免れないのである。論旨は結局理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条に従い原判決を破棄し、同法第四〇〇条本文に則り本件を京都地方裁判所に差し戻すべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 吉田正雄 判事 山崎寅之助 大西和夫)

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